COLUMN コラム

IT領域におけるリスクを減らすHAZOP分析の活用法

コンサルタント 熊田 彩希

はじめに

ITサービスを安定稼働させる上で、リスク管理は企業が安定して運営するために欠かせない要素です。
特に、システムがますます複雑になる現代では、潜在的なリスクを見逃さずに管理することが重要です。

そこで、主に化学工業などに関係する、複雑なプロセスや装置に対して、安全性を確保するために開発されたHAZOP(Hazard and Operability Study)分析が、IT領域でのリスク管理にも有効であるかを検討しました。

HAZOP分析は、プロセスが「設計の意図からどのようにずれているか」を見つけ出し、リスクを評価する手法です。
もともとは化学工業などで使われ始めましたが、その効果が認められ、今では多くの領域で活用されています。
今回はHAZOP分析を、化学工業などや、研究論文で紹介されているシステム開発への適用のみならず、ITSMプロセス管理にも応用することで、ITシステムの信頼性を高め、ビジネスの安定した運営を支える可能性について考えました。

このコラムでは、IT領域でのHAZOP分析の活用法を解説し、リスクを効果的に特定し管理するための方法を紹介します。
これを通じて、IT領域でのリスク管理に新しい視点を提供し、企業が持続的に成長するためのヒントをお届けします。


HAZOP分析とは

HAZOP分析とは、プロセスに潜む危険性(ずれ)をすべて洗い出し、それらがどのような影響を及ぼすかを評価し、必要な安全対策を講じるために開発された手法です。
この分析の大きな特徴は、「設計の意図からのずれ」を見逃さないように、標準的なキーワードやフレーズ(ガイドワード)を用意していることです。
これらのガイドワードは、プロセスの安全性と運用性を評価する際に使われ、一般的には以下のようなものがあります。

  • No(なし): 期待される動作や状態が全く起こらない
  • More(多い): 期待される量や速度が増加する
  • Less(少ない): 期待される量や速度が減少する
  • As well as(および): 期待される動作に加えて、他の動作が発生する
  • Part of(部分的に): 期待される動作の一部だけが発生する
  • Reverse(逆): 期待される動作が逆に起こる
  • Other than(異なる): 期待される動作とは異なる動作が発生する

これらのガイドワードをプロセスに当てはめてリスクを評価することで、次のような効果が得られます。

  1. さまざまな視点からチェックすることで、抜けもれなくリスクを見つけることができる
  2. 専門的な知識がなくても、誰でも精度の高いリスクの洗い出しができる
  3. 異なるプロジェクトや組織でも、同じ基準でリスクを評価することができる

HAZOP分析はもともと化学プロセスで使われていましたが、今では電子・電気、機械、輸送、医療など、さまざまな領域でその効果が認められています。
次の章では、IT領域でのHAZOP分析の具体的な活用法について解説します。

 


HAZOP分析の活用法

【システム開発編】

HAZOP分析を活用することで、特定の処理に焦点を当て、潜在的なリスクを見つけ出し、その原因や影響、対策を明確にすることができます。

この分析は、既存の検証プロセスを補完する役割を持っています。具体的には、システムの動作が記載された要求仕様書や設計書の各項目に対して、ガイドワードを使って潜在的なリスクを整理し、評価することが可能です。

(システム開発のV次モデル)

システム開発のV次モデル

既存のシステムテストや運用テストに加えて、HAZOP分析のガイドワードを使うことで、「処理ができているかどうか」だけでなく、「処理が遅れていないか」や「必要なデータが十分か」など、システムの動作をより広い視点で確認できます。
これにより、仕様や設計通りに動いているかを、従来のテストに加えて多角的にチェックできるため、ソフトウェアの品質を向上させ、問題が発生する前に防ぐことにつながります。

問題管理で障害を分析する際にも、HAZOP分析は有効でしょう。
開発工程における障害の根本原因を探るときに、「開発のどの部分に問題があったのか」や「ソフトウェアの設計や実装で見逃していた点は何か」といったことを考えるのに効果的です。

【ITSMプロセス管理編】

HAZOP分析は、システムの運用段階でも活用できます。
どのITSMプロセスでも、PDCAサイクルを繰り返して継続的に改善することが必要です。中でも、ITSMプロセスの品質を維持するためには、定期的な評価(チェック)が重要です。
品質を評価する方法として、ISOの適合性や有効性の考え方がありますが、これらをより正確かつ迅速に評価するために、HAZOP分析の考え方を取り入れることが効果的です。

(ITSMプロセスのPDCAサイクル)

ITSMプロセスのPDCAサイクル

ITSMプロセス管理におけるHAZOP分析を用いたリスク評価の手順を、インシデント管理を例にして説明します。

※インシデント管理:通常のサービス運用を可能な限り迅速に復旧することでインシデントのマイナスのインパクトを最小限に抑える、ITSMプロセスのこと

  1. 分析する作業の単位を定義する
    どのプロセスや作業を分析するかを決めます。これにより、分析の範囲が明確になります。
    例えばインシデント管理の場合、以下のような作業があります。
    ・インシデントの記録
    ・インシデントの分類
    ・インシデントの優先度付け
    ・インシデントの調査診断、エスカレーション
    ・解決策の実施
    ・復旧
    ・関係者への連絡
    ・クローズ

  2. 作業を構成する要素(パラメータ)を特定する
    作業を構成する重要な要素や条件を洗い出します。これらは、作業がどのように行われるかを決定する要素です。
    例えばインシデント管理の場合、以下のような要素があります。
    ・記録内容
    ・記録者
    ・記録タイミング
    ・記録方法 など

  3. パラメータにガイドワードを当てはめ、リスク(ずれ)を洗い出す
    2.で整理した要素に対して、「多すぎる」「少なすぎる」「遅すぎる」などのガイドワードを適用し、通常の状態からのずれを探します。

  4. 発生可能性を検討する
    洗い出したリスクがどの程度の頻度で発生しうるかを考えます。これにより、リスク検討の必要性や重要度を判断する手助けになります。

  5. リスクの原因、結果や影響を想定する
    各リスクについて、その原因や発生した場合の結果、影響を考えます。これにより、リスクがどのように影響を及ぼすかを理解します。

  6. リスクに対する現在の対策を確認する
    現在、そのリスクに対してどのような対策が取られているかを確認します。これにより、既存の対策の有効性を評価できます。

  7. 現在の対策を評価し、必要に応じて追加の対策を検討する
    最後に、現在の対策が十分でない場合、追加の対策を考えます。これにより、リスクをさらに低減する方法を見つけます。

これらの手順を使って、インシデント管理の一部である「インシデントの記録」を分析し、どのようにリスクを特定したかの具体例を以下にご紹介します。

プロセス名:インシデント管理
作業名:インシデントの記録
パラメータ名:記録内容

ガイドワード リスク(ずれ) 発生可能性 原因 結果・影響 現在の対策 追加の対策
No
(なし)
記録が行われない 忙しさによる記録忘れ 引継ぎができない 週次レビューで確認 記録忘れ防止アラートを整備
More
(多い)
情報が多すぎる × - - - -
Less
(少ない)
最低限の情報しかない 記録項目の認識不足 原因分析ができない 記録テンプレートで項目を整備 記入例を追加
Reverse
(逆)
原因と結果が逆に記録されている ログ順序の誤認 再発防止策が逆効果になる可能性がある なし テンプレートに時系列を明示
Other than
(異なる)
内容が事実と異なる 記憶違い 誤判断を招く 担当者で確認 ダブルチェック
••• ••• ••• ••• ••• ••• •••

こうした方法でITSMプロセスのPDCAサイクルにHAZOP分析を組み込むことで、プロセス内のリスクを特定して評価できます。これにより、ITSMプロセスの計画が現場に適しているか、実際の運用が正しく機能しているかといった適合性や有効性を評価するのに役立ちます。

このように、ITSMプロセス管理でもHAZOP分析を使ったリスク評価は効果的ですが、HAZOPはもともと化学プラントのプロセス設計を対象にしています。
そのため、ITSMプロセス管理に適用する際には、分析する要素(パラメータ)やリスクの内容(ずれ)をITSMに適した形に調整する必要があります。
ITSMプロセス管理でHAZOP分析を行う際には、具体的に次のような点を考慮する必要があります。

  1. 分析する作業の単位を定義する
    ITSMプロセス(例:インシデント管理、変更管理、構成管理など)を、さらに細かいプロセスに分けて、HAZOP分析の対象となる作業の単位を決める必要があります。
    例えば、インシデント管理の場合、「インシデントの記録」や「インシデントの分類」、「インシデントの優先度付け」などがその作業単位に該当します。
    すでに作業フローが決まっている場合は、それを基に作業単位を考えることができます。

  2. 作業を構成する要素(パラメータ)を特定する
    標準のガイドワードは「圧力」や「温度」、「攪拌」など、化学プラント向けに作られているため、ITSMプロセス管理には適していません。そのため、ITSMに合った要素(パラメータ)を見つける必要があります。
    例えば、「インシデントの記録」を分析する場合、パラメータとして「記録内容」や「記録者」、「記録タイミング」、「記録方法」などが考えられます。
    パラメータを見つける際には、分析する作業ごとに「誰が」「何を」「いつ」「どこで」「どのように」といった視点で考えることで、情報を漏れなく整理し、その作業の全体像を理解することができます。

  3. ガイドワードを柔軟に考える
    2.で特定したパラメータにガイドワードを当てはめてリスクを見つけますが、基本的には「None」や「More」といった標準のガイドワードを使います。ただし、パラメータによってはそのままでは使えないガイドワードもあるため、パラメータに合わせてガイドワードを変更したり、特定のガイドワードを除外するなど、柔軟に対応する必要があります。

ITSMプロセス管理において、化学プロセス向けに設計されたHAZOP分析をそのまま適用することは難しいかもしれません。
しかし、適切に調整し工夫を加えることで、ITSMにおけるリスク評価にもHAZOP分析は十分に活用できるでしょう。
ITSMの特性に合わせてガイドワードやパラメータを見直すことで、リスクを効果的に特定し、管理するための強力なツールとなる可能性があります。

まとめ

このコラムでは、もともと化学工業のプロセスや装置のリスク分析のために作られたHAZOP分析が、化学領域だけでなく、システム開発のリスク評価や、さらにはITSMプロセスの適合性・有効性の評価など、IT領域でも活用できる可能性があることを検討し、具体例とともに説明しました。
HAZOP分析は本来、化学工業などを対象に設計されているため、IT領域に直接適用するのは難しいかもしれません。
しかし、HAZOP分析の特徴である標準ガイドワードを活用し、ITの特性に合わせて調整や工夫を加えることで、IT領域でも効果的なリスク評価が可能です。
現代のビジネスにおいて、ITサービスはどの企業にとっても欠かせない存在であり、その安定性を保つためにはリスク管理が非常に重要です。そのため、企業は効果的なリスク管理手法を取り入れることで、ITサービスの信頼性を高め、競争力を維持することが求められます。
HAZOP分析をはじめとするリスク管理の手法を柔軟に活用し、変化の激しいビジネス環境においても持続的な成長を実現していきましょう。


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