サービス化の時代
サービタイゼーション(servitizationサービス化)という言葉をご存知でしょうか。従来からの「モノ(製品)を売る」というビジネスから、新たに「コト(サービス)を売る」というビジネスへの転換を、サービタイゼーションと言っています。例えば、ある自動車メーカーは、サブスクリプション(月額制)やカーシェアリング(時間貸)などのサービスを新たに展開していますし、ある農機具メーカーではスマート農業と称して、圃場管理や肥培管理を支援する営農サービスを開始しています。
IT分野においても、かつての「ハードウェアやソフトウェアを所有して使用する」という形態から、「既にあるサービスを選択して利用する」という形態への転換が進んでいます。例えば、電子メールシステムは、その黎明期においては各組織が所有して管理するのが当たり前でしたが、今そのようなことをしている組織は限られています。外部の電子メールサービスを利用したほうがより経済的であり、より安全です。
このようなサービス化の流れは止まることなく、今後も続いていくことでしょう。
サービスマネジメントの変遷
このようなサービス化の時代において、サービスを提供する側の組織に求められる能力も、また変わってきています。安定したサービスを提供することは必要条件ですが、社会の変化や新たなビジネスニーズに迅速に対応できる柔軟性、ビジネスにおける競争優位を維持するための経済性、重要な情報資産を保護するセキュリティなど、サービスを提供する組織(サービスプロバイダ)に求められる能力は多岐にわたっています。
そのような一連の能力のことを、サービスマネジメントと言います。ITに関連するサービスマネジメントの成功事例を一つの知識体系としてまとめたものが、有名なITIL®です。ITIL®の最新版であるITIL®4は、デジタル時代に求められるサービスマネジメントについて、サービスの価値(サービスバリュー)の観点から説明しています。例えば、あるタクシー会社がタクシーアプリを提供することで売上が伸びたのであれば、それがタクシーアプリというサービスの価値になります。
サービスインテグレーションの概念
ITIL®は、単一のサービスプロバイダにおけるサービスマネジメントを説明した知識体系ですが、昨今のサービス化の流れの中で、複数のサービスプロバイダの関係性を考慮する必要が生まれてきました。例えば、SaaSやPaaS、IaaSなどのクラウドサービスも利用しつつ、複数のオンプレシステムを運用するという形態は、一般的なものになっています。
複数のサービス(サービスプロバイダ)を組み合わせて、ビジネス要件を満たすことをサービスインテグレーションと言います。サービスインテグレーションの概念は以前から存在していましたが、明確な定義はなく、従来からあるシステムインテグレーションの進化系として説明されていました。背景として、サービス提供までのリードタイムを短縮する、あるいは開発コストを削減するために、既にあるサービスを組み合わせることが現実的な選択となったことがあります。また、新しいテクノロジが次々に生まれてくる中で、1つの組織だけでビジネス要件を満たすことが難しくなってきたことも考えられます。
サービスインテグレーションは、サービスを開発する手法として、一般的な概念になっています。図1はサービスインテグレーションの概念を簡単に説明しています。
図1. サービスインテグレーションの概念
SIAM™の誕生
サービスインテグレーションを担当する機能として「サービスインテグレータ」という言葉が初めて使われたのは2005年頃、英国雇用年金局におけるプロジェクトだと言われています。以降、サービスインテグレータの概念は英国政府において広がりを見せます。サービスインテグレータは、顧客組織に代わって複数のサービスプロバイダを管理します。(図2)
2012年、英国政府は”Cross Government Strategic SIAM™ Reference Set”という文書を公開し、その中でサービスインテグレータの役割を明確に定義しました。
SIAM™はService Integration and Management(サービスインテグレーションとマネジメント)を略したものであり、以後、正式な用語として採用されています。
SIAM™を実現するための一般向け知識体系として、以下の書籍が出版されています。
- SIAM™ Foundation Body of Knowledge(2016)
- SIAM™ Professional Body of Knowledge(2018)
- SIAM™ Foundation & Professional Body of Knowledge 2nd Edition(2019)
図2. サービスインテグレータの位置付け
閑話休題
「SIAM」をネットで検索すると、タイ料理店やタイ観光案内が多く表示されます。これはタイ王国(Thai)の旧国名がSiam(日本ではシャム)であることによります。
SIAM™の基本概念
複数のサービスプロバイダからサービスの提供を受けている状況を、マルチソーシングと言います。マルチソーシングは、最適なサービスプロバイダを市場から探して組合せることで、高い柔軟性と経済性をもたらしますが、反面、それらの管理は重い負担となります。SIAM™のコンセプトは、複数のサービスプロバイダの管理をサービスインテグレータに委任することで、マルチソーシングのメリットだけを享受できるようにします。
SIAM™のサービスインテグレータと一見よく似ているのが、プライムコントラクタ(一次請け)です。プライム/サブコントラクタ(二次請け)構造は、マルチソーシングの形態として日本ではごく一般的なものになっていますが、顧客から見たときの柔軟性や経済性において、幾つかの問題を抱えています。例えば、プライムコントラクタは、サブコントラクタの提示価格に上乗せして、顧客に提示します。
SIAM™では、サービスインテグレータがプライムコントラクタ化しないように、サービスインテグレータとサービスプロバイダの間には契約関係を持たせません。契約関係がないのにどうやってサービスプロバイダを管理するのかという疑問が生じると思いますが、それこそがSIAM™の最重要ポイントであり、ノウハウなのです。
図3はSIAM™における契約関係を表しています。
図3. SIAM™における契約関係
誰がサービスインテグレータになるのか?
SIAM™では、選択可能なサービスインテグレータ構造として4つのタイプを挙げています。
- 内部調達サービスインテグレータ:
顧客組織の内部にサービスインテグレータ機能を作る - 外部調達サービスインテグレータ:
外部企業にサービスインテグレータを委託する - ハイブリッド・サービスインテグレータ:
顧客組織と外部企業の合弁によりサービスインテグレータを結成する - リードサプライヤ・サービスインテグレータ:
サービスプロバイダの一社が、サービスインテグレータを兼任する
SIAM™の成功事例としては、内部調達サービスインテグレータが多いようです。図4は内部調達サービスインテグレータの構造を図示したものです。
図4. 内部調達サービスインテグレータの構造
SIAM™が目指すもの
最後に、SIAM™の方向性について考えてみます。ビジネスにおけるサービタイゼーション(サービス化)やでデジタライゼーション(デジタル化)の流れは、当面は止まらないでしょう。スマホでカーシェアリングを予約して利用することに慣れてしまった若い消費者が、車の購入に向かうとは思えません。また、もっと良いサービスが出現すれば、簡単に乗り換えてしまうのもデジタルネイティブ世代の特徴です。
そんな中で、新たなニーズに迅速に対応できる柔軟性や、リーズナブルな価格を可能にする経済性は、サービスの競争優位を維持するためには必要不可欠な能力と言えます。SIAM™のコンセプトは、サービスプロバイダのみならず、デジタライゼーションを推進するユーザ企業においても、その価値を発揮することでしょう。
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